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執筆者の写真Saudade Books

Hello folks #7 なんでも食べる #4 食べ物でつながる(太田明日香)

更新日:2019年10月19日



2年間のカナダ滞在経験から「外国で暮らすこと」や「外国人になること」を考える詩とエッセイの連載です。





なんでも食べる


なんでも食べる


なんでも食べる

見たことないものを食べる

なんでも食べる

つくったことないものを食べる


懐かしい料理

誰かの味

見よう見まねでつくる

知ってる味にならなくても食べる

おいしくなくても食べる


なんでも食べる

空腹を満たすため食べる

なんでも食べる

明日働くため食べる


さあ、その歯で

世界を噛み砕き

喉を鳴らして

歴史を飲み込め


生きるために食べる

なんでも食べる





カナダに住んでから、ポトラック(一品持ち寄り)やコミュニティセンターでの食事会といったような人と一緒に食事する機会が多いことに気がついた。日本では一人で食べているのを目立たなくさせる工夫の方が目立っていたから、その違いが不思議だった。そんなときに、food security(フードセキュリティ)という言葉に出会った。


わたしがこの言葉を初めて知ったのは、毎月最終水曜日に食べ物に関するワークショップを開催しているthe food connection(フードコネクション)という団体のホームページだった。団体の説明の文章にこの言葉が出てきたのだ。


フードセキュリティ? 初めて知る言葉で、いまいちよくわからなかった。日本語では「食の安全保障」や「食料(糧)安全保障」と訳されるようだ。

フードコネクションのこれまでの活動を見てみると、日本料理やイスタンブール料理や餃子といった各国料理の作り方、食べられる野草の探し方、養蜂についてのレクチャーなど。レクリエーションにも見える活動内容に、このフードセキュリティという言葉はなんだか大仰に聞こえた。





フードコネクションのガーデニングと種に関するワークショップの様子。それぞれ種を持ち寄り、交換した


ある時、ぶどうジャムを作るワークショップがあると知った。参加費は無料で、持ち物はぶどうジャムを入れる瓶とポトラックのための何か一品。これなら気楽でいいと、参加してみることにした。

会場は、いつも日本の食料品を買いに行くコリアンスーパーの近所で、わたしが住んでいる場所のような移民の多い地区ではなく地元の人が多く住んでいる地域だ。参加者は10人くらい。20代くらいの仕事帰り風の若い人、リタイアした年代の人、アジア系の人、地元の人、性別も年代もさまざまだ。最初にイントロダクションがあって、そのあとみんなでジャム作りを始めた。




ぶどうは、vancouver fruit tree project(バンクーバー・フルーツツリー・プロジェクト)からの寄付だ。この団体は地域の庭に成っている果物をボランティアが収穫して、地域の学校やコミュニティセンターに寄付する活動をしている。近所の庭でとれたぶどうを、大きな鍋に入れて巨大ミキサーでつぶし、砂糖を入れて煮詰める。ジャムを煮る間にそれぞれ持ち寄った料理を食べた。


食べている間に、主催者のJoey(ジョウィー)さんと少し話すことができた。ジョウィーさんはバンクーバー育ちの華人(海外に住む中国系の人)で、一緒に参加していたご両親は生姜の効いたスープを持ってきていた。彼女はバンクーバーの小学校でガーデニングを教えており、友人2人と2013年にこの団体を立ち上げた。「現代は食べ物がどこから来ているかが分かりにくく、食べ物の作り方についての知識が薄れていることについて危機感を持った」ことがきっかけで、「みんなで一緒に料理をしたり食事をシェアしたりすることで、食べ物に関するリテラシーを高めたい」と、この活動を始めたそうだ。


今回のワークショップも、ただジャムを作るだけではなく、ジャム作りを通じて集まった人が、食べ物がどこから来て、どうやって加工したり保存したりするか、食品ロスを減らすためにできることは何かを考えるきっかけになるものだった。



バンクーバー・フルーツツリー・プロジェクトで、リンゴの収穫に行ったときの写真。合計で100パウンド(約50キログラム)ほど採れた。このリンゴは、イーストサイドエリアのコミュニティセンターに寄付した


わたしはこのワークショップをきっかけにさっそくバンクーバー・フルーツツリー・プロジェクトのボランティアに登録し、次の春から活動に参加するようになった。すると、町中のいろんな果物の木に気づくようになった。普段道を歩いているときも、あちこちの民家の庭を気にかけるようになった。


たぶん、フードコネクションがやろうとしていたのは、日常生活の中にこういう食べ物についての小さな気づきを増やそうとすることだったのだと思う。そしてその気づきはたくさんあればある程、その人の食生活は豊かになるだろう。これはどうやらフードセキュリティという言葉と関連がありそうだった。

調べるうちにフードセキュリティという言葉は、日本と海外で使われ方にずれがあるようだと気づいた。日本の農林水産省のHPでは、「全ての国民が将来にわたって良質な食料を合理的な価格で入手できるようにすること」とある。日本の食料政策においていちばん懸念されているのは食料自給率だ。平成29年度のカロリーで計算した食料自給率は38%で、50%を切っている。海外から安定した値段で食べ物を輸入できなくなれば日本人は一気に飢えるだろう。だから、日本では「フードセキュリティ」という言葉がどうしても経済的、食料政策的な言葉として使われる。


しかし、実際にはもっと広い意味があるようだ。公的な文書としては、1996年の世界食糧サミットの世界食糧安全保障に関するローマ宣言で使われたことで知られている。そこでは、食糧安全保障とは、「全ての人は十分な食糧に対する権利及び飢餓から解放される基本的な権利とともに、安全で栄養のある食糧を入手する権利を有する」とある。つまり安全で栄養のある食料を十分手に入れられるのは人権の一つだというのだ。


フードセキュリティは、「food justice(フードジャスティス)」という言葉と一緒に使われることが多いのが不思議だった。けど、フードセキュリティが人権だとわかると、「正義」という言葉と一緒に使われるのも納得できるものがあった。人権の一つだからこそ、不公平があってはならないのだろう。

バンクーバーは東京23区くらいの大きさで、人口も少ない小さな町なのに、ハラルミート(イスラム教徒のために、イスラム法にのっとって処理された肉のこと)が売られていたり、卵や肉や牛乳が飼い方や飼料ごとに細かく分けられて売られていたり、どんな小さなカフェでもベジタリアンやデカフェ(カフェイン抜き)メニューがあったりと、いろんな食のスタイルに向けた選択肢が日本よりも当たり前のように用意されているのが不思議だった。


そのことを、バンクーバーにグルメな人や健康を気にする人が多いといった説明だけでは十分でないと感じていた。でも、フードセキュリティは人権だと知ると、腑に落ちるものがあった。



ハラルミートのラベル。精肉コーナーで簡単に見つけることができる

卵はケージで飼っているCage eggs、ケージで飼っていないCage free eggs、肉や牛乳はえさによって草を食べて育ったgrass fedといった区分がある。また、牛乳を飲まない人のためにアーモンドミルクや豆乳が牛乳売り場に一緒に置かれていたりした

どんなスーパーでもふつうの野菜とは別に、オーガニックの野菜も見つけることができた

日本にいたときは、何を食べるかはライフスタイルの一つくらいにしか捉えていなかった。例えば「エスニックフード」は、日本にいた時は珍しい物や美食や贅沢品だと思っていた。しかし、自分が移民という立場になって初めて、そうではないとわかった。


地元のスーパーの片隅に置かれている米も味噌も醤油も、日系スーパーやコリアンスーパーでしか買えない巻き寿司や日本のお菓子も、わたしにとってはどれも生活必需品で、「エスニックフード」では決してなかった。

移民にとって、新しい土地で最初にすることが食べ物の確保だ。新しい土地では自分の国で食べてきたものを手に入れることができなかったり、手に入れるのに自国よりお金がかかったり、言葉のカベのせいで手に入れる手段がわからなかったりする。その中で、なんとかして自分がふだん食べ慣れたものを手に入れなくてはならない。移民でなくても、宗教や思想上の理由で、食べ物に制限がある人も同様だろう。自分が移民になって初めて、食べたい物が食べられないと健康が脅かされ気持ちが荒むし、だからこそ食は人権と関わるものなのだと実感した。バンクーバーで多様な食のスタイルをもった人を尊重し、さまざまな選択肢が用意されている理由がわかった。



和食の材料はあっても、スーパーの思いもよらない売り場にあったり、他の商品と一緒にひっそり置かれたりしていた。見つけにくく、種類が少ないことで、自分がマイノリティだと意識させられた

自分が移民という社会で弱い立場に置かれると、カナダ人の中にも、白人優位の社会で仕事に就くのが難しい人たちや、ホームレスの人たち、先住民の人たちといった、社会で弱い立場に置かれた人たちがいることに気づいた。そういう人たちは収入が低いせいで野菜が買えなかったり、安い食べ物ばかり食べて栄養が偏って病気になったり肥満になったりしやすい。また、先住民の場合は土地を追われたことで自分たち固有の食生活を営めなくなり、政府の補助金で暮らす結果、アルコール中毒や肥満といった問題に陥ることもあると知った。


バンクーバーにはそういった人たちのために、フードバンクや地元住民が運営する低価格のスーパー、地元の野菜を低価格で販売する野菜市、住民が野菜を作るコミュニティガーデン、料理の仕方や食べ物の加工に関するワークショップを行なう団体や取り組みがたくさんある。一緒に食べる場が食に関する知識や技術を伝える場になっている場合もあった。




バンクーバーVancouver neighbourhood food networks(バンクーバー・ネイバーフッド・フードネットワーク)は、バンクーバー市内の近隣でフードセキュリティを進めている地域組織のネットワークだ。ここが毎年6月に開催するストーン・スープフェスティバルでは、さまざまなフードセキュリティに関する活動を知ることができる

バンクーバーのような多様なバックグラウンドを持った人が集まる社会では、社会で弱い立場に置かれる人のバックグラウンドもさまざまだ。食はどんな人にとっても生活の基本になるものだから、いろんな立場の人に関わる。だから、それぞれの立場から、あるいはいろんな立場の人に向けて食べ物に関わる活動があるのだろう。


そう考えると、一緒に食べる機会が多い理由もなんとなくわかるような気がした。カナダには移民国家ゆえに、いろいろなバックグラウンドをもつ人たちが集まった。地縁や社会のネットワークのないところから、新参者同士で一緒にやっていく必要があった。そのときに、人とのつながりをつくるために、食べ物が使われてきたのではないだろうか。さらに、そういう土壌の上に、フードセキュリティという考え方が加わって、「一緒に食べること」が寂しさを紛らわせる以上の役割も持つようになったのではないだろうか。


そうやって海の向こうでフードセキュリティについて考えていた頃、日本から、子ども食堂のニュースをよく聞くようになった。

参考文献


The food connection

https://www.thefoodconnection.ca/ *この原稿を書くためにウェブサイトを確認したところ、2018年7月を最後にその活動を終了したそうだ。

vancouver fruit tree project

https://vancouverfruittree.com/

農林水産省「食料安全保障とは」

農林水産省「日本の食料自給率」

http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012.html


外務省「世界食糧サミット 世界食糧安全保障に関するローマ宣言(骨子)」

Vancouver neighbourhood food networks

http://vancouverfoodnetworks.com/



プロフィール


太田明日香(おおた・あすか) 編集者、ライター。1982年、兵庫県淡路島出身。著書『愛と家事』(創元社)。連載に『仕事文脈』「35歳からのハローワーク」。現在、創元社より企画・編集した「国際化の時代に生きるためのQ&A」シリーズが販売中。



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