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執筆者の写真Saudade Books

Hello folks #6 なんでも食べる #3 誰かと食べる(太田明日香)

更新日:2019年10月19日



2年間のカナダ滞在経験から「外国で暮らすこと」や「外国人になること」を考える詩とエッセイの連載です。





なんでも食べる


なんでも食べる


なんでも食べる

見たことないものを食べる

なんでも食べる

つくったことないものを食べる


懐かしい料理

誰かの味

見よう見まねでつくる

知ってる味にならなくても食べる

おいしくなくても食べる


なんでも食べる

空腹を満たすため食べる

なんでも食べる

明日働くため食べる


さあ、その歯で

世界を噛み砕き

喉を鳴らして

歴史を飲み込め


生きるために食べる

なんでも食べる




日本で一人暮らししていたときは一人で食べることが多かった。食事の回数も内容もバラバラ。面倒なときには外食したり買ってきた弁当やインスタント食品だったりした。けど、カナダで夫と生活するようになって、朝と夜はうちできっちりと食べるようになった。最初の頃は友だちも知り合いもほとんどいなかったから、一緒に食べる人は夫だけだった。


わたしがバンクーバーで住んでいたのは、ブリティッシュ・コロンビア大学の周辺にある、大学が管理する新興住宅街だった。住んでいた人の多くは家族を伴って留学や大学で働くために来た人で、短期滞在の家族も多かった。また、中国や台湾、韓国から子どもをカナダの高校や大学に進学させるために移民した家族や、子どもに母親だけがついてきた家庭も多かった。


引っ越して最初の頃はビザの都合で働けなかったから、日中は一人だった。外国で長い時間を一人で過ごすのは不安と退屈で、うちに帰ってきた夫に不満をぶちまけたこともあった。留学やワーキングホリデーで語学学校に通ったり働いたり、子どもがいたりすれば送り迎えで人と知り合う機会もあったけど、わたしのような子どものいない主婦という立場ではなかなか知り合いを増やすことは難しかった。だけどいつまでも夫にばかり頼っているわけにもいかないので、知り合いを作ろうと近所のコミュニティセンターに通うようになった。




近所にあったオールドバーンコミュニティセンター(上)。コミュニティセンターには地域によって特色がある。鉄道の駅舎やターンテーブルが残るラウンドハウスコミュニティセンター(下)はアート活動に力を入れている。


バンクーバーには地域ごとにコミュニティセンターという公民館のような場所があって、ヨガやダンス、簡単な英語教室やお料理教室、絵画などのレクリエーション活動を提供している。地域のニーズに応じてプログラムが行なわれていて、貧困層が多く住んでいる地区ではレクリエーションに加えて、安く食べられる食堂や無料のシャワーがあったりもする。わたしが住んでいたのは、新しい上に人の出入りも多い地区だったせいか、新しく入ってきた人が地域になじめるようなプログラムが多かった。


その中でよく通っていたのが、women’s social club(ウィメンズ・ソーシャル・クラブ)という、週に一回女性を中心にお茶を飲んでおしゃべりする会だ。コミュニティセンターの職員のドロータさんを中心に、センターのボランティアや近所の人が集まる。ドロータさんはアメリカから、他にも地元のカナダ人や日系人、香港、トルコ、韓国と、いろんな国や地域から来た人がいた。話題はいろいろ。日々の生活のことから互いの文化の違い、ときにはカナダの首相選挙やアメリカの大統領選挙、薬物中毒のような政治や社会問題にも及んだ。わたしが通っていたのは2015年だから、カナダのトルドー首相もアメリカのトランプ大統領も当選前だ。たいていは初めて聞く話題ばかりなので、最初は何の話をしているかわからなかった。いくつか聞き取れた単語をスマホで検索しながら、話の内容を推測する。理解できたころには話題は移っていて、発言できたためしはなかった。正直、環境も年齢も違うし、英語能力の差もあって、友だちができる感じの場所ではなかった。それでも食べ物とお茶があって、人と話せることで気がまぎれた。




women’s social clubの一コマ。手ぶらで参加してもいいけど、お菓子を持ってくる人もいた。この日はちょうどイランやトルコのお菓子もあった(上)。

あるとき、トルコのハンデさんがパートナーの次の任地である南アフリカに行くことになって、ドロータさんの提案でポトラックパーティーをすることになった。初めて聞くその単語に戸惑った顔をしていると、ドロータさんは「持ち寄りパーティー」のことだと教えてくれた。日本で持ち寄りパーティーと聞くと、立派なケーキやいかにも日本らしいものを持っていかないといけないようなイメージがあったけど、初めて体験したポトラックパーティーはもっと手軽な雰囲気だった。 


集まったのはポテトチップスとかシュークリームとか果物とか。自宅で簡単にできるベイクドチキンの素を使ってチキンを焼いて来た人もいた。相変わらず「これは何ですか」とか、「おいしいですね」といった簡単なことしか言えなかったけれど、わたしの顔は覚えてもらえたようだ。食べ物があると、しゃべれなくても一緒に同じものを食べるという目的があるおかげで、そこにいられる安心感があった。そんなふうに誰かと食事できる場があるおかげで、知り合いがいなくて寂しい最初の時期を乗り越えることができた。



ハンデさんの送別会はピクニックだった。真ん中にいる紫の服の女性がドロータさん。左側のピンクの服の女性がハンデさん。


ひるがえって日本を見てみると、どうだろうか。日本ではお金を払えばいくらでもおいしいものも珍しいものも高価なものも手に入れられる反面、こんなにたくさんの飲食店があるのに、誰かと食べられる場や機会がとても少ないのではないかと思った。一人で食べる人に対しては衝立付きの席や一人用のメニューまで用意して手厚い配慮がされているのに、誰かと食べることに関しては無頓着なように見える。それこそ、家族や友だちがいるとか、学校や会社といった組織にでも属していなければ、一人で食べろと言っているかのようだ。それが不思議に思えた。



少しだけ通った語学学校の授業最終日。みんなで食べ物を持ち寄ってポトラックパーティーをした。

コミュニティセンターであったトルコ料理を教えてもらう会。住人の一人が作り方を教えてくれ、参加者は自分の国の料理を持ち寄り、レシピを交換しあった。

カナダでは何かというとポトラックパーティーや、近所の人たちがバーベキューしたり料理を持ち寄ったりするブロックパーティーをしていた。各国料理の教室やレシピの交換会も盛んだったし、教会やコミュニティセンターではクリスマスなどの行事のときに単身者が参加できる食事会もあった。


一人で食べることを個食、孤食と呼ぶ。個食だと一人で食べるという側面が強調されるが、孤食だと孤独に食べるという側面が強調される。個食は好きで一人で食べているとも取れるけど、できるなら孤食は避けたいというのはどこの国でも同じだろう。ところがその避け方が、日本とカナダではまったく違うように見えた。孤食に見えないように過剰なまでのサービスがある日本と、なるべく孤食を避けるように一緒に食べる機会を作るカナダ。この違いはなんなのだろうか。そんなふうに考えを巡らせていたときに「food security(フードセキュリティ)」という言葉に出会ったのだった。



参考文献


Vancouver community centre 



プロフィール


太田明日香(おおた・あすか) 編集者、ライター。1982年、兵庫県淡路島出身。著書『愛と家事』(創元社)。連載に『仕事文脈』「35歳からのハローワーク」。現在、創元社より企画・編集した「国際化の時代に生きるためのQ&A」シリーズが販売中。



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