小林紀晴『アジアン・ジャパニーズ』
旅と言えば、「自分探し」という懐かしい言葉がつきまとう。『アジアン・ジャパニーズ』(新潮文庫、2004年[情報センター出版局、1995年])も、今から考えると、その象徴のような本と受け止めることができるだろう。90年代に流行した「自分探し」ブームが過ぎ去ったことと、この本が、新潮文庫から絶版になったこととは、まったく相関関係がないとは言い切れない。ここでいう「自分探し」ブームの終焉とは、あくまでも「旅」においてだけであって、別の分野では、「自分探し」はしぶとく生き残っている。
いまや旅は、若者の間では、キャリアのステップアップのツールとして使われている側面が大きい。就職活動における、履歴書の充実のため、起業するにあたっての箔をつけるため、そんな事例を、僕は、海外のゲストハウスに泊まって、宿泊者と交流するなかで、多く見てきた。とてもドライだ。
話を戻す。
でも、自分と向き合い、本当の自分を発見(再発見)することはそんなによくないことだろうか? それ自体はとても有意義なものだと思うし、僕も旅で精神的に成長できたなと思ったことは何度もある。
この本は、通信社にカメラマンとして入社した青年が、日々の仕事や生活に疑問を感じ、突如、会社を辞めてアジアに旅に出るところからはじまる。そこで出会った人たちと交流し、インタビューを試み、相手をカメラにおさめる。さらに日本に帰国した取材対象者を、「その後の彼ら」として再びインタビューし、自分自身と向き合い、成長する過程を記録していく。そんな内容だと説明できるだろう。
本書に出てくる人たちは、おしなべて、どこか自信なさげだ。何かを必死に克服しようとするように旅をしている印象を受ける。みんな真面目なのだ。自分を突き詰めて、やりたいことや、生きる道標のようなものを見つけるのか、と思いきや、だれも結論は出せない。そんなもの一生出せないのだ。
『アジアン・ジャパニーズ』の本質は、したがって「自分探し」ではない。「人生の迷い」だ。一生僕らが付き合っていくもので、それに対する耐性を身につけるための本だと言える。迷って迷って生きていく。それが人間だ。語られていることは、普遍的なテーマだ。
でも、「人生の迷い」への耐性を身につけたいなら、ほんとうは本なんか読んでないで、すぐにでも旅に出たほうがよいのかもしれない、とやっぱり僕は思うのだ。
プロフィール
神田桂一(かんだ・けいいち)
ライター、編集者。1978年、大阪生まれ。東京・高円寺在住。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(菊池良との共著、宝島社)。ウェブメディア『DANRO』で「青春発墓場行き。」を連載中。現在、初の単著を執筆中です。
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