「食」にかかわるさまざまな仕事をする人に、「食べること」をテーマに詩やエッセイを寄せてもらいます。
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酵母は歌う
パンには耳があるけど
舌がない
仕方がないので泡で歌う
ブンプクプクプク わきたつ酵母
歌う歌はともだちの歌
むつかしいことは歌わない
ともだちがふえたよ
ともだちがしんだよ
もうあふれるよ いのちが
吹き飛ばしていいかい この地球 この瓶のふた
ザァザァザァ ざわめきたって渚にて
歌う歌は生きる歌
みんなでちいさく ちいさく歌う
小声で歌う
舌があると 声がおおきくなってしまうから
あ、
切りおとした 耳
を
すてないで
ライ麦粉と水でパン種はこうしてつくる
はじめるのに良い時は 新月の夜
きれいな水 きれいな手
こまかく挽かれたライ麦粉
泥だんごのようにまぜる
畑の畝のように手をいれる
暖かいところに静かにおいて あとは忘れてしまうこと
月がふくらむのを見たら ひとつかみのライ麦粉 ひとすくいの水を継ぎ足して
初めは干し草のような匂いがするだろう
月が太ってきた頃には すこし果実のような香りがしないか?
満月になったら耳を傾けてみる ぐっとそばに
巻貝を耳にあて海のひびきを聞くように
畑の畝に寝そべり 泥だんごのようなパン種に耳を
荒地に雨がしみこむ音がする
息をとめてもぐったプールの音がする
エンジンを切った車の中で聞く雨の音がする
スコットランド ルイス島のビートの土を踏み沈む音がする
椋鳥が飛び去っていった空の音がする
空の音?
爆撃機がやって来て シリアの街のパン工場に爆弾をおとす音も聞こえるか?
吹き飛んだ日干し煉瓦のうえで やはり醗酵していくパン種の音も聞こえるか?
耳が畑の畝で目を覚ますころ そうしてパン種はできあがる
どっしりとした黒パンが焼きあがる
付記
a valentine out of season。季節はずれのヴァレンタイン、というプリペアドピアノのための不思議な美しい曲をジョン・ケージが書いたのは戦争が終わろうとしていた1944年。 「戦争は世界中を大きな音で覆った、だから私は妻のためにこの曲を小さな音で作った。」という一文を添えて。
2012年、シリアの名も知らない街のパン工場が空爆された。救援物資の小麦粉が届けられ、パン工場が再開して人々がパンを求めて行列したその朝に。
パン屋という仕事を同じくするというだけで、その遠い国のパン工場の様子を想像することができる。ミキサーがあって、天板があって、小麦粉の袋が積まれている、粉まみれのおやじがいて、もう窯は230℃に熱せられて。 それらは朝早くからいくつもの小さな音をたてている。その小さな音の集積としてパンが焼きあがり、その不協和な音のひとつひとつが人の営みのあかし、それはここもあそこもどこも同じ。やはり生きることのざわめきが聞こえる。
プロフィール
ミシマショウジ(みしま・しょうじ) パン屋。カウンターカルチャーの影響のもと自家製酵母のパン作りを学び、現在 ameen’s oven(兵庫県西宮市)を営む。パンを焼くかたわら黒パン文庫を主宰、友人たちと詩の朗読やライブを行いながら『Ghost Songs』『詩の民主花新聞』などのZineを発行。
Website: https://www.ameensoven.com/
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