「アジアの群島詩人」を紹介する特集。台湾原住民ブヌン族の詩人、サリラン(1981—)の作品を掲載します。
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別離
あの時
mata から溢れる涙や
石斧を握っていた ima の温もりしか
残っていない
あなたの目には 大陸から漂い離れたひとつの島
わたしの手には 海上に築き立てたひとつの山
あなたは自分でつくった bet'ay をもって
paraqu に乗り
qan'ud しながら 遠くへ行く
あの時から
別々に暮らし
海へ、山へ
異なる旅路を展開する
mata:ブヌン語、目。
ima:ブヌン語、手。
bet'ay:推測古南島語、パドル。
paraqu:推測古南島語、船。
qan'ud:推測古南島語、波間に漂う。
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遠く離れたあなた
自分の島を探し求めると言い
あなたは 黄金色に輝く稲穂を刈り取り
一粒一粒を
赤い色衣陶に収めてから
南十字座の lumbung に入れ
共通の起源をもつ言葉をかたちづくる
揺れるカヌーに
丈夫なアウトリガーを備えつけ
碧緑の豊田玉をもって
紺碧の島々に向かって漕ぎ出す
銀河の果てまで放浪する
錨を下ろす場所 Te Punga は
南十字座がつくった港
夢が着岸する新しい楽園
lumbung:ジャワ人は、形が農業小屋に似ているということから、南十字座のことをlumbung(穀倉)と呼ぶ。
Te Punga:マオリ語、南十字座。カヌー(銀河)が錨を下ろす場所という意味。
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留まるわたし
ludunに沿って
接辞の道を歩き出す
tun-lundun-av (“ヤマノ ウエニ アルコウ”)
tun-ludun (“タカイ ヤママデ アルク”)
na-tun-ludun ata (“ワタシタチハ ヤマノウエニ シュッパツシヨウトスル”)
tuna ludun (“ヤマノ イタダキニ タドリツク”)
muhai ludun(“イクツモノ ヤマヲ コエテユク”)
muhai ludun-in(“ヤマヲ コエタ”)
群山のように延々と連なり絡まり合い
まわりこみながら頂きへ続く
谷を吹き抜ける有気音に合わせて
見下ろす 遠くまで離れていく航跡を
見上げる あなたを引き寄せるあの星を
ludun:ブヌン語、山。
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同じ苦難を
太陽、月、星で方角を識別し
風と海流に導かれ
高く険しい山に向かって歩く
強風大波の中を航行する
星条、12 本の光芒、太陽の鋭い刀刃
ビ・キ・ニの破裂音が発せられ
十字座の5つ星の旗を分割する
外からやってきたこんにちは、Bonjour、你好
心は絶えず揺れ動いている旗幟のようだ
植民の波に乗った「ディスカバリー号」は
鉄甲船への崇拝に入る
帰るときには、勇士の口から神聖な tabu を奪い取り
言葉にできない禁忌語を持ち帰った
tabu:太平洋の小さな島の先住民語 ta‐bu から借りてきた、英語の外来語。神聖なる禁忌を意味する。
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凝視
千年の移動、千里の距離、千種の言語が
数万の島々に降り注ぐ
さびしげに、憂いを帯びた Moai
mata を北に向いてくれるだろうか
島々に散らばった ima をつないで
言葉の中に流れる音節を凝視する
端舟を新たにつくる
終わった栄光、弱まった声色を
星の光に従い ふたたび探し求める
風に乗って ふたたび波をけって進む
南風の島の強弱の音を吐き出す
Moai:イースター島にある モアイ像。
(翻訳=朱恵足)
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プロフィール
サリラン(Salizan‧Takisvilainan‧Islituan / 沙力浪) の経歴については、翻訳者による以下の論考をお読みください。
朱恵足「もうひとつ別の「南島」への旅——台湾ブヌン族の詩人サリランのヴィジョン」
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